【起業“初期”】2度目の挫折、“振り出し”に戻る。

北野です。0H2A1972

このところ、北野の起業“初期”ストーリーを
書いています。

昨日は、“第2の起業”のところまでを
書きました。

北野は、これまで、2度、起業に失敗しています。

今、現在が“3度目”なのですが、
“第2の起業”の失敗の兆候について、昨日、
書きました。

こちらです。
↓↓↓↓↓↓
————————————————–
・第9回:落とし穴。
⇒  http://con-labo.jp/2014/04/725/
————————————————–

 

北野は、30歳の時に、“第2の起業”で、
コピーライターとして独立し、
デザイン会社も立ち上げ、
社員も5名にまで増えました。

マンションを買い、外車にも乗るようになり、
私の『2度目の起業』は順調そうに見えました。

ですが、心の奥底には、
“漠然とした不安”がぬぐえませんでした。

コピーライター、広告制作の仕事は、
『待ち』のビジネスであり、『受注仕事』であり、
どんなにカッコいいことを言っても、
『下請け』でした。

いつ広告代理店から切られるか、
そんな不安をいつも抱えていました。

ある年、こんなことがありました。

地元の広告代理店の仕事で、
リサイクルショップを全国チェーン展開する会社の
広告やプロモーションを手掛けました。

1年間で2000万円ぐらいの売上げがありました。
その年のうちの会社のメインクライアントでした。

 

が、、、、、、翌年、先方の担当者が代わり、

「別の広告代理店を使うことになりましたから。」

とあっさり切られ、翌年は
その仕事が0円に、ということがありました。

『2000万円』が『0円』なったのです。

 

もちろん、それに代わる他の仕事が入り、
何とか売上は確保しましたが、

「たまたま、ほかの仕事が入ったからよかったが、
一斉に仕事がなくなったら・・・・。」

そう思うと、不安でしょうがありませんでした。

 

不安だから、どんどん手を広げて、
どんな小さな仕事でも請け負うようになっていく・・・。

そのために、人も増やさざるを得ませんでした。
正直、5名の社員というのはかなり余剰でした。

周りには順調そうに見せていましたが、
社員の給料の支払いはきつくて、
そのために借り入れをする、ということも
ありました。

 

「俺は何のために働いているんだ・・・?
社員の給料を払うためか・・・?」

 

コピーライターとしてのやり甲斐よりも、
売上や支払いに追われる生活になっていました。

 

そして、ある時、『事件』が起こりました。

 

右腕であった部下のコピーライターと
メインのデザイナーが組んで、独立することに
なったんです。

 

「正直、北野さんの下で働くのはうんざりです。
もっと自由にやりたいことをしたい。」

 

えっ、、、、、、
ここまで俺が育ててやったのに・・・・。

 

「裏切られた。」・・・・そんな気持ちでした。

 

でも、彼にしてみれば、
「育ててもらった。」などという感覚は
なかったかもしれません。

当時の私は、完全なワンマンで、
気に入らないことがあると、
「辞めてもらってもいいんだよ。」
というようなことを平気で言う、最低な経営者でした。

社員を育てる、というよりも、
「道具」として見ていたかもしれません。

 

社員は半年~1年で入れ替わることが多く、

「コピーライターやデザイナーは職人だ。
修行が必要だ。根性のない奴は辞めればいい。」

そんな風に思っていたので、
あまり気にもとめていませんでした。

 

ですが、この2人の離反は痛かった。

 

かなりの仕事を任せていたので、
結局、独立後、会社全体の仕事の3分の1が、
彼らに流れることになりました。

 

広告代理店からは、

「北野さん、申し訳ない。彼らが仕事を
よくわかっているし、値段も安く
やってくれるからね・・・・。」

そんな風に言われては、こちらも引くしかありません。

 

悪いことは重なるもので、
その頃、自分の不注意で足を骨折しました。

 

取材や打ち合わせの仕事が多い
コピーライターにとって、足の骨折は、かなり致命的。

 

「仕事を断ると、次の仕事が来なくなる・・・。」

 

そんな不安もあって休むわけにもいかず、
ある時、広島での取材が入り、
オートマの軽自動車を借りて、
ギブスをつけたまま、独りで運転して、
強風の中、瀬戸大橋を渡って取材に・・・・

・・・・ということもありました。

 

当然、売上も激減しました。

 

結局、その3ヶ月後、
デザイン会社は解散させました。

「これ以上やっていても借金が膨らむだけ、」
という苦渋の決断でした。

 

社員も1人を残して
全員辞めてもらうことになりました。

なんとか、辞めた社員には再就職の斡旋は
したのですが、それは、今でも申し訳なく
思っています。

 

それで、私の元に残ったのは
500万円の借金と、社員が1人。

 

結局、2度目の起業は、浮き沈みを経験しつつ
振り出しに戻った・・・・・、というのが実感でした。

 

借金の額は、1度目の起業時よりも
少なかったのですが、
挫折感は深かったかもしれません。

 

一度、上手くいっていた分、後悔の念や、

「あの時、あいつが辞めなければ・・・
怪我さえしなければ・・・。」

・・・という悔やみばかりが残りました。

 

ですが、この経験が
また生きてくることになります。

 

『3度目の起業』にトライする
チャンスに恵まれたのですから。

 

3度目の起業。

 

それは、「コーチング」との出会いであり、
コンサル業の開始であり、
現在の、“コンサルタントプレナー”の支援に
つながっていく起業となります。

 

本当に、自分が活かせて、やり甲斐があって、
本当にクライアントの方に
喜んでもらえる仕事との出会いです。

 

さて、、、、、、、、

 

ここまで、数回に渡って、私の
起業“初期”ストーリーを書いてきましたが、
いかがだったでしょうか?

色々な方に感想やコメントをいただき、
ここまで書き進めてくることができました。

たくさんのメールもいただきました。

なかなか返信ができないのですが、
ひとつづつ読んでいます。

本当にありがとうございます。

今日の感想やコメントもぜひ
お願いします。

 

ここからが、今の北野につながる

————————————————–
「コーチ、コンサルタントとしての
起業ストーリーの始まり」
————————————————–

です。

 

具体的なノウハウや方法、
経験談も盛り込んでいきます。

あなたが、もしかしたら
一番聞きたい内容かもしれません。

私も、かなり気合いを入れて、記事を書き、
動画で話しをしていきますね。

 

何とか役立つ内容にしていくので、
楽しみにしていただきたいと思います。

 

では、今後ともよろしくお願いいたします。

 

北野哲正

 

追伸1:

起業“初期”ストーリーのバックナンバーです。
是非、コメント、感想、お待ちしています。

あなたかたのコメントが励みになります。

 

第1回:【新企画】起業“初期”ストーリー、始まる。
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/688/

第2回:起業“初期”ストーリー:理由
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/691/

第3回:起業に失敗、実家へ逃げ帰り、、、、
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/694/

第4回:日給6500円のアルバイト社員
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/702/

第5回:負のスパイラルに、、、、
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/707/

第6回:母親の死に目に会えず・・・・
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/716/

第7回:不覚にも泣いてしまいました・・・
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/719/

第8回:“コピーライター北野”、誕生。
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/722/

 

追伸2:

youtubeのマイチャンネルへの登録者様が
1690名を突破しました!!!

日々、ご登録頂く方が増えていて、
本当に嬉しく思います、ありがたい話です、、、、
ご登録頂いた方、感謝です!

youtube独自の情報も配信するので、
是非、北野のyoutubeマイチャンネルに
登録してみてくださいね。
⇒ http://www.youtube.com/user/parade01

 

チャンネル登録の仕方ですが、TOPの、
北野が写っているタイトルバナーの右下に
「チャンネル登録」のボタンがあるので、
そこをクリックしていただければOKです。
⇒ http://www.youtube.com/user/parade01

【起業“初期”】落とし穴。

北野です、

最近、この北野の【CL通信】を
読み始めた方も多いと思うので、まずは
プレゼント企画のご案内です。

昔からの読者の方にはお馴染みですよね・・・・・・。

“あのプレゼント”です。

そう・・・・すでに4000件以上ダウンロード
されている“魔法の音源”です。

こちらです↓↓↓↓↓
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『集中力が出る“魔法の音源”』
⇒ https://24auto.biz/kitano9160/touroku/thread14.htm
※簡単なアンケートに応えて頂くことになっています。
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ちょっとしたアンケートに答えて頂ければ、
ダウンロードURLを送ります。

ちなみに、、、、、、、

————————————————–
40分間に渡る雨音の音源
————————————————–

です、、、、、、。

 

ただただ40分間、ずーっと雨音が(かなりの強めの)
流れる音源です、それだけのものです。

ただ、これ、北野がメンターからもらったもので、
そのメンターも彼のメンターからもらったもの、
なんです。

 

そう考えると、、、、かなりの価値を感じませんか?

 

北野は、ここ一番のコピーを書いたり、
重要なプロジェクトのプランを練る際、
この音源を使います。

この音源を聴きながら仕事に取り組むと、
凄く集中できます。

是非、ご活用くださいね。

==================
『集中力が出る“魔法の音源”』
⇒ https://24auto.biz/kitano9160/touroku/thread14.htm
※簡単なアンケートに応えて頂くことになっています。
==================

 

 

さて、、、、、

このところ、北野の起業“初期”ストーリーを
書いています。

コメントの数も少しづつ、増えてきました。

コメントはかなり励みになるので、是非、
あなたからのコメントもお待ちしています。

第1回:【新企画】起業“初期”ストーリー、始まる。
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/688/

第2回:起業“初期”ストーリー:理由
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/691/

第3回:起業に失敗、実家へ逃げ帰り、、、、
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/694/

第4回:日給6500円のアルバイト社員
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/702/

第5回:負のスパイラルに、、、、
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/707/

第6回:母親の死に目に会えず・・・・
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/716/

第7回:不覚にも泣いてしまいました・・・
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/719/

第8回:“コピーライター北野”、誕生。
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/722/

 

最初の起業に失敗し、800万円の借金を負い、
クレジットカードと消費者金融を
限度枠いっぱいまで借り、
株式会社リクルートのアルバイト社員として、
3年8ヶ月。

その、株式会社リクルートから
「コピーライター」として独立しました。

これが“第2の起業”となりました。

独立の3ヶ月前には結婚もしました。

株式会社リクルートのアルバイト時代は
基本給146000円で、何とか、残業代で
生活がなりたっている状態でした。

もちろん、まだ、借金もありました。

妻には、
「あなたの将来性と可能性にかける。」
と言われていました。(見る目があるな、、、)

もちろん、新婚旅行に行く余裕は
ありませんでした。

 

ですが、、、、、、、

コピーライターとして独立してからは、
本当に運にも恵まれ、順風満帆なスタートでした。

丁度、リクルートが、
「制作部門のアウトソーシング化」
を進める時期と重なり、
私がやっていた仕事を、そのまま外部スタッフとして
請け負うことになりました。

これで生活のベースが確保できました。

そして、独立前に地元の広告業界で
人脈づくりに励んでいたことが生きてきました。

 

大手広告代理店の旭通信社の
(※現在のADK:アサツーディケイ。
電通、博報堂に続く、第3位の大手広告代理店)
外部プランナー、コピーライターとして
仕事を請け負うことができました。

ローカルで仕事をするには、
やはり、地元の人脈は大切です。

大学の県人会などにも顔を出し、直接、
パンフレットの仕事などをもらったりもしました。

 

独立一年目は、

「800万円ぐらいの売上げを上げたい。」

と思っていましたが、結果的には、
その2倍以上の売上になりました。

 

ADKからの最初の仕事は、大手通販会社の
通販チラシの仕事だったのですが、
なんと、1本40万円というギャラでした。

 

「コピーライターって、ペン一本で、
こんなに儲かるのか・・・。」

 

それが実感でした。

そして、ADKのほかにも、
電通や博報堂からも声がかかるようになりました。

岡山や広島などの県外からも
仕事が入ってくるようになりました。

 

そして2年後……。

それまでは自宅を兼ねた事務所でしたが、
別に事務所を構え、スタッフも雇い入れました。

マンションも購入しました。

 

自力で、一般の同世代のサラリーマンよりも、
遙かに稼げるようになってきました。

 

稼げるようになって、うれしかったのは、
確執があって「頼むから出て行ってくれ!」
と言われた父親との関係が修復できたことでした。

 

父は、コピーライターがどんな仕事かは
分かっていないようでしたが・・・。

父は警察官で堅い人でしたから、

「独立するよりも会社勤めが一番。
できれば公務員が一番いい。」

…と思っている人です。

ですが、結婚をし、マンションも買い、
時には、父親や姉夫婦をつれて、食事に
招待することもできるようになり、

「やっとお前も、
何とか1人前になってきたか・・・・。」

そんな風に思ってくれたようでした。

 

「健康だけには気をつけろよ・・・・。」

そんな普通の親子の会話が
できるようになっていました。

 

そして、、、、、、仕事の方は
さらに拡大をさせていきました

元・電通のアートディレクターと組んで、
デザイン会社も作りました。

その会社と、自社のスタッフで、
ピーク時には5名の社員を抱えるまでに
なりました。

 

独立してから、常に売上は右肩あがり。

 

「俺はコピーライターとして才能がある。
マネジメントもできる。経営者としてもイケテイル。」

 

思えば、この時が、
絶頂期だったかもしれません。

自信満々で、正直言って、
“天狗”になっていたかもしれません。

外車(アルファロメオGTV)も購入したり、
海外旅行にも頻繁に行くようになりました。

 

ですが、、、、、、、、、、

 

ここに“落とし穴”がありました。

 

そこから数年後、北野は、結局、
そのデザイン会社を解散させ、
社員を全員辞めさせ、
再び、借金を背負うことになります・・・・。

 

詳しくは、明日、また書きますが、
今日は、

「順調に思えたビジネスが行き詰まる原因」

についてビデオで話してみました。

————————————————–
・“この要素”が強いビジネスは危険!?
————————————————–
なぜ、順調に売上を伸ばしていた
北野のビジネスが再度、破綻したのか?

 
————————————————–
※2011年1月24日にアップした動画です。
髪型がいけていません…(苦笑)

 

ビデオの中でも語っていますが、
“この要素”が強いビジネスは、危険だな、と思います。

あなたのビジネスが、“この要素”が
強すぎる場合は、注意する必要があるのでは?
と思っています。

是非、ビデオを観て、感想、コメントをくださいね。

 

では、また。

 

なかなか人生、思うようにいきません。

 

でも、、、、、、色々なことを経て、だんだんと、

「本当にやりたいことに近づいていく。」、

そんな風にも思っています。

 

北野哲正
(東京・麻布十番の自宅にて)

 

追伸1:

「北野さん、お薦めのメルマガってありますか?」

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そこから厳選した情報なので、かなり信頼性が高いです。
幅も広いです。

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「やりたいことが見つからない。」
「自分らしく生きたい。」

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【起業“初期”】“コピーライター北野”、誕生。

北野です、

このところ、北野の起業“初期”ストーリーを
書いていますが、徐々にコメントが増えてきました。
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/719/

それで、昨日は、こんなコメントを頂きました。

————————————————–
ここ6回の北野さんの起業“初期”ストーリー、
興味深く拝見しております。

その中でも今回は、本当に私の状況が見えてるのかしら
と思うくらい自分にマッチした内容だったので、驚きました。

私は今まさに、「自分がやりたいこと」が
全く見えなくなっていて悩んでいる状況です。

「今、目の前にあることに全力で
取り組める人だけに、次のチャンスが訪れる。」

今の私に足りないのはこれだな、と思いました。

どうしても「ほかにやりたいことや
出来ることがあるのではないか」と思って、
脇道に逸れて、中途半端にできてしまったか
らタスクが増えて、結局いろいろなことが
できなくなるという状態でした。

今は目の前に、いろいろなことがありすぎる状態です。
これから少しずつ整理しつつ、集中していこうと思います。

p.s.
コメントを書いているうちに頭の中が整理されて、
自分の中にさらに落とし込まれてきました。
本当にコメントを書くって重要ですね!
————————————————–

 

satoさん、コメント、ありがとうございます、

厳しいかもしれませんが、本当に、

==================
「今、目の前にあることに全力で
取り組める人だけに、次のチャンスが訪れる。」
==================

これしかないんですよね、、、、、

目の前のことに集中して、
何とか乗り切っていきましょう。

 

 

さて、、、、、、

 

「広告業界でやっていく。
コピーライターとしてやっていく。」

本当にやりたいことかどうかは
まだ分からないけれど、
まずは目の前の仕事に全力を尽くす。

借金が800万円まで膨らみ、
クレジットカードと消費者金融で
限度枠いっぱいまで借り、
日給6500円のアルバイト社員。

 

「自分には、ここでがんばるしかない。
コピーライターで行くしかない。」

 

選択肢は他になかった。
だから、迷いもなかった、

それが本当のところかもしれません。

でも、そこから変わりました。

この決断後の一年間(28歳の1年間です)は、
生まれてこの方、「一番頑張った一年間」でした。

 

毎年、元旦に目標を立てるときに
思うことがあります。

 

「あの、28歳の時以上に、がんばる年にしたい・・・。」

 

でも、あの時を越えるほど、
がんばった年はまだありません。

その位、がんばりました。
その“がんばり”が、今の自分の支えになっています、
そんな濃密な一年間でした。

 

中途アルバイトとしてのスタートだったので、
リクルートの若い社員と比べて
年齢の割に、スキル面では出遅れていました。

 

そこで、考えたのが、

————————————————–
「どうやったら、短期間で
コピーライティングが上手くなるか?」
————————————————–

ということでした。

 

「がむしゃらにやっても駄目だ。
それでは周りに追いつけない。
どうすれば早く追いつき、追い越せるか?」

まずやったのがモデリングでした。

その当時は、モデリングなんて言葉は
知りませんでしたが、リクルートの社内で
結果を出している制作ディレクターに
内線でかたっぱしから電話して、
ノウハウを教えてもらいました。

そして、自分がいいな、と思った広告、記事などを、
どんどんスクラップブックに収めていきました。

企画力を磨くために、
出来上がっている広告を見て、
「どんな風に企画していったのか?」
を逆算して想像してみる、
ということもやりました。

電通が出していた「広告大百科」をいう資料を
また借金して、20万円で買いました。

「一流」と言われているデザイナーや
コピーライターと仕事をするようにして、
わざわざ香川から大阪や東京まで、
打ち合わせにいきました。

そして、効果のあった求人広告を
毎日、書き写す、ということをやりました。

いわゆる、『写経』というやつです。

これは特に効果的でした。

建設会社で効果のあった求人広告を書き写して、
それを食品会社向けにアレンジしたり、
ソフトウェア会社向けにアレンジしたり、

・・・・ということをやっていました。

 

手で書き写す、
というのがよかったように思います。

 

指先から魂が宿る・・・・そんな感覚です。

 

実は、当時の北野の仕事は、コピーを書くことではなく、
コピーライターやデザイナーに仕事を依頼して、
広告を作る、いわゆる、
“制作ディレクター”の仕事でした。

 

で、これが“極めつけ”なのですが、

コピーライターに仕事を発注し、
料金もきちんと支払った上で、

————————————————–
コピーライターの代わりに、自分でコピー書き、
それをコピーライターの方に添削してもらう
————————————————–

・・・・ということをやり始めました。

 

当然、通常の制作業務とは別に、
コピーを書く仕事をやるわけですから、
労働時間は激増していました。

毎日、夜、10時前に帰ることはなく、
土日もほぼ出勤していました。

残業時間は毎月200時間を越えていました。

本社の人事部からチェックが
入ったこともありました。

一回、血尿が出たときは、さすがに驚きましたが、、、。

 

ですが、、、、、

 

これがよかった。
これでスキルが短期間で身についた。

 

そう思います。

 

そして、2年後・・・・・・・・。

当時、リクルートでは、『アド(広告)コンテスト』
という毎月の広告コンテストがあり、

その年間ポイントで、
「制作マンランキング」というものが
発表されていました。

その制作マンランキングで、
北野は、『年間総合3位』になることができました。

上位者は、東京、大阪の正社員の
制作ディレクターがひしめく中、
四国支社からの、しかもアルバイト社員がランキング入り、
ということで、逆に目立っていた、と思います。

 

「四国に凄い奴がいるぞ・・・・。」

 

本社の制作本部でも、
ちょっと話題になっていたそうです。

日本武道館での社員総会で、
ステージに立つこともできました。

ただ、その時もアルバイト社員のままでした。

膨大な残業代でなんとか
人並みの手取金額にはなっていました。

ちなみに、その頃は、「日給6500円」から
月給制に変わり、「基本給で月給146000円」に
なっていましたが、、、、。

相変わらず、生活は全く余裕がなく、
借金を少しづつ返す生活が続いてました。

 

ですが、、、、、、、

『コピーライティング』というスキルを
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
手に入れたことで、自信がついてきました。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

 

周りにも評価もしてもらえるようになりました。

 

社内の勉強会に講師として呼ばれ、
「教える楽しさ」も知ることができました。

もしかしたら、これが、今のコーチ、コンサル業に
つながっているのかもしれません。

 

そして、おぼろげではありますが、
“未来”というものが見えてきました。

 

「これで俺も、何とかやっていけるのではないか?」

リクルートにアルバイト社員として
入社して3年と8ヶ月。

「コピーライターとしてやっていく!」と決断して、
2年と8ヶ月。

 

そして、私は、コピーライターとして
独立することを決意しました。

 

これが、“2度目の起業”です。

 

それで、今日は、『スキル』というものに
ついて話したビデオを引っ張り出してきました。
(2011年1月21日にアップしたビデオです。
なんか、若いです・・・・)

何かひとつに打ち込めば、
それは『スキル』になります。

『スキル』は自信につながります。
自分を支えてくれます。

そして、未来を照らすツールになります。

でも、その時、大切なことがあります。

==================
・『スキル』を身に付ける上で、最も大切なことは?
マスターを目指していくためには“これ”を・・・・。
(2011年1月21日公開:再生回数673回)

==================

このマインドでいかないと、
いくら頑張っても「使えるスキル」に
ならないのでは?と思っています。

是非、ビデオを観て、感想をくださいね。
コメントを書くことで、あなたにも、何か気づきが
生まれるかもしれません。

では、次回は、コピーライターとしての
“第2の起業”について話していきますね。

第2の起業は・・・・最初は、順調そのものでした・・・。

 

北野哲正
(香川県のオフィスにて)

 

 

追伸1:

「北野さん、お薦めのメルマガってありますか?」

よく聞かれます。

それで、購読しておいた方がいいメルマガが
幾つかあるのですが、やはり、このメルマガは
インターネットでビジネスをやるなら、
「必須」だと思います。

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川島さんほど、たくさんのメルマガを
チェックしている人は他にいないと思います。

そして、実績を出し続けています。

そこから厳選した情報なので、かなり信頼性が高いです。
幅も広いです。

それと、、、、、何といっても、
「短い字数で人を引きつけるコピーライティング」が秀逸です。

めちゃくちゃ上手いです。

川島スタイルともいえるこの書き方は、フォロワーも多く、
ひとつのスタイルを確立しています。

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⇒ http://123direct.info/tracking/af/1061892/SjDLuuUB/

 

追伸2:

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私のコーチ仲間で、マーケティングに関しては
「女性版“北野”」という異名をとる、
一般社団法人全国コーチング普及協会の
「田中直子さん」が無料メールセミナーを
公開しています。
⇒ http://coachingfk.com/item/57529/4045/

「やりたいことが見つからない。」
「自分らしく生きたい。」

・・・と思っている方には最適な内容です。

田中さんは実績も人柄も素晴らしく、
また、マーケティングもかなりイケているので
是非、登録することをお勧めします。

こちらです↓↓↓↓↓
⇒ http://coachingfk.com/item/57529/4045/

不覚にも泣いてしまいました、、、。

北野です、

久々に香川県のオフィスから記事を
書いています。

週末は、金曜日は、菅谷信一さんの
「youtube戦略セミナー」へ、

土曜日は、遠藤晃さんのチームNo.1の
「ストーリーテリング」の勉強会に参加して
きました。

どちらも「いい学び」がありましたね~、
参加者のレベルも高く、刺激もいっぱい
もらいました。

このところ、オープンセミナーにはあまり参加
していなかったのですが、やっぱりいいですね、
これから、いいセミナーを厳選して、
色々と参加していきたいと思います。

 

さて、、、、、

このところ、北野の起業“初期”ストーリーを
書いています。

バックナンバーはこちらです。

コメントの数も少しづつ増えてきました。
是非、感想等いただけると嬉しいです。

第1回:【新企画】起業“初期”ストーリー、始まる。
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/688/

第2回:起業“初期”ストーリー:理由
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/691/

第3回:起業に失敗、実家へ逃げ帰り、、、、
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/694/

第4回:日給6500円のアルバイト社員
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/702/

第5回:負のスパイラルに、、、、
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/707/

第6回:母親の死に目に会えず・・・・
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/716/

 

 

「北野、ちょっといい?」

 

人生の転機というものは、

ドラマティックな出会いがあったり、
天から掲示が降りてきたり、
凄いセミナーに出たり、

・・・・・という風にして
突然、起こるものだと思っていました。

ですが、私の場合は、“大きな転機”は、

「北野、ちょっといい?」

そんな何気ない、上司からの呼びかけで始まりました。

 

その頃、株式会社リクルートに入社して
1年が経とうとしていました。

一度、起業に失敗し、大阪から実家の香川に
夜逃げ同然で戻り、日給6500円で
リクルート四国支社のアルバイト社員として入社。

起業の夢が捨てきれず、
「2足のわらじ」で、雑貨販売などの
副業に手を出していました。

でも、さらに状況は悪化して、
借金は800万円まで膨らんでいました。

クレジットカード5枚のキャッシングをMAX
まで借りて、外注先のデザイナーさんにも
借金をし、○○ファイナンスという消費者金融系
にも複数、お金を借りていました。

 

 

「北野、最近、副業の調子はどう?
凄く、疲れているようだけど、大丈夫か?」

 

その上司というのは
リクルート四国支社の支社長でした。

彼は、私が入社して、3ヶ月後に、
関西から移動で四国支社の支社長として赴任しました。

支社長といっても、私よりも2~3歳上だけ。

その若さで支社長というだけであって、
かなりのやり手でした。でも、気さくな兄貴、
のような感じでもありました。

「自分は起業を考えていて、
副業をやりながらリクルートに勤めている。」

・・・という話は、既にぶっちゃけ話で
支社長にしていました。

 

だから、「副業が軌道に乗れば会社は辞める。」
という話もしていました。

 

季節は12月。リクルートの仕事も
繁忙期に入っていました。

私の方はというと、
借金が800万円に膨らみ、
クレジットカードの引落である10日近辺は、
半日会社を空けて金策に走り回る、
という状態でした。

 

もう、限界のところまできていました。

周りからみても、「大丈夫?」
というぐらい顔色も悪く、
何よりも、イライラとピリピリの
負のオーラをまき散らしていたと思います。

当時は携帯電話もなく、消費者金融から会社に
直接電話が入るような状態でした。

彼らは社名を変えて
電話をしてくるんですよね。

 

「北野、ちょっと状況を全部話して見ろ。
力になれるところは力になるから・・・。」

 

そう言われて、今までの緊張の糸が切れたのか、
自分の状況を一気に支社長に吐き出しました。

借金のこと、夜逃げのこと、父親のこと、母親のこと、
クレジットカードのこと、他にも借金があること、
仕事先のデザイナーにも借りていること・・・・

一気に話しました。

 

そして、

「消費者金融からも電話が入り、
これ以上、会社にいるとみんなに
迷惑をかけそうなので、もう辞めたい・・・・」

そんな話もしました。

すると、支社長は・・・・・・笑いながら、

 

「みんな迷惑だとは思ってないよ。
“北野さん、しょうがないなぁ・・・・”
という程度にしか、思っていない。
逆に、面白がっている。
所詮、人ごと。人の不幸は面白い(笑)
何とも思っちゃいないって!」

 

あっ・・・そうか・・・・・・
みんな、面白がってるんだ・・・。

この言葉を聞いて、気が凄く楽になりました。

そして、支社長は、

「仕事ぶりをみていて思うが、
俺はお前を評価している。制作マンとして、
コピーライターとしてお前は才能がある。
副業は一切辞めて、この仕事に集中してみろ。

そこから正社員になってもいいし、
コピーライターとして独立するという道もある。」

 

そして、

「借金のことも、全て親父さんに話してみろ。」

と。

この言葉をもらって、不覚にも、私は、
涙を流してしまいました。

仕事関係で泣いたのは、
後にも先にも、この時だけでした。

話を聞いてくれる人がいる。そして、
自分を評価してくれている人がいる。
「気にするな。」と笑い飛ばしてくれる人がいる。

これが、力になりました。
私の転機になりました。

リクルートの仕事はアルバイトではありましたが、
求人広告を作る仕事は面白く、取材も楽しく、
真剣に取り組んでいました。

180時間、270時間、230時間という
残業が3ヶ月続き、血尿を出して倒れたことも
ありました。

 

でも、、、、、凄くやりがいを感じていました。

 

「よし、、、、この業界で本気でやってみるか。
コピーライターを目指してみるか。」

 

元々コピーライターに
なりたかったわけではありません。

これが、自分の一生の仕事かどうかも
分かりませんでした。

本当にやりたいことかどうかという
確信もありませんでした。

 

ですが、

————————————————–
今の自分にできるのは、これだ。
これしかない。とにかく、これに集中してみよう。
————————————————–

その決めました。

 

この決断が、転機になりました。

 

もしかしたら、
この記事を読んでいるあなたは、

「“本当にやりたいこと”が見つからない。
だから、行動できない。モヤモヤしている。」

・・・・という、当時の私と
同じ状況にあるかもしれません。

 

私もそうでした。

「副業の雑貨販売がやりたかったことか?」
と言われれば、そうではありませんでした。

 

コピーライターにしても、その時は、
「本当にやりたかったことか?」
と言われれば、そうではありませんでした。

 

でも、今だから思うことがあります。

 

今日は、ビデオでこんなことを話してみました。

————————————————–
・“本当にやりたいこと”に出会うには、
「あること」を経験する必要がある。それは、、、
(2010年4月27日公開:再生回数2434回)


————————————————–

実は、このビデオ、2010年の4月に撮影したものです。

いやー、恥ずかしい・・・若いね(苦笑)
でも、2434回も再生されているんですね・・・。

 

迷いながらも、「もしかしたら、これか?」
と思ったことに全力で取り組むことで、
次の道が開ける、そんな風に思います。

こんな言葉を聞いたことがあります。

==================
「今、目の前にあることに全力で
取り組める人だけに、次のチャンスが訪れる。」
==================

是非、ビデオを観て、感想をください。
コメントをください。コメントを書くことで、
あなたの中に気づきが生まれることもあります。

 

では、次回、この“転機の後の北野の変化”
について話をしていきます。

 

北野哲正
(香川県のオフィスにて)

 

追伸:

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「女性版“北野”」という異名をとる、
一般社団法人全国コーチング普及協会の
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【起業“初期”】母親の死に目に会えず、、、

北野です、

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さて、、、、、

このところ、北野の起業“初期”ストーリーを
書いています。

バックナンバーはこちらです。

第1回:【新企画】起業“初期”ストーリー、始まる。
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/688/

第2回:起業“初期”ストーリー:理由
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/691/

第3回:起業に失敗、実家へ逃げ帰り、、、、
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/694/

第4回:日給6500円のアルバイト社員
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/702/

第5回:負のスパイラルに、、、、
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/707/

 

北野は、一度、起業に失敗し(25歳の時です)、
大阪から実家の香川に夜逃げ同然で戻り、
日給6500円で「株式会社リクルート四国支社」に
アルバイト社員として入社しました。

それでも起業の夢が捨てきれず、
「2足のわらじ」で、雑貨販売などの副業に
手を出していました。

 

でも、さらに状況は悪化して、
7~8枚のクレジットカードを
限度枠いっぱいまで借りて、
綱渡り的な状況で何とか回していました。

 

そして、、、、実家に戻ってから1年、、、、
借金は800万円にまで膨らんでいました。

 

お金の不安、将来への不安、
さらに、きつかったのが父親との確執でした。

私は、母親を社会人1年目の時に亡くしました。
実は、死に目に会えていません。

母は「原発性肺高血圧症」という
厚生省指定の、原因不明の難病にかかり
それが、私が高校3年生の時に発覚しました。

医者からは「もって3年。」と言われましたが、
結局、7年間、もってくれました。

病名は母親には知らせないままで、
このことは、父親と私と姉の3人だけの秘密でした。

 

当然、父親からは、

「看病のこともあるし、お前は、
地元の大学に行って、地元に就職してくれ。」

・・・と言われました。

ですが、私は、父親の反対を押し切り、
東京の大学へ行き、東京・大阪で就職しました。

 

「いずれは起業したいし、都会じゃないと
駄目だ!」と勝手に思い込んでいました。

 

母は、自分の病気のことは知りませんから、

「好きな大学へ行かしてあげればいいじゃない・・・。」

と、父に言っていました。

 

それがとてもつらかったのですが、
結局、自分の我を通して、大学も就職も、地元で、、、、
という選択はとりませんでした。

 

そして、母は、私が社会人1年目の
2月に亡くなりました。

これは本当に不思議な話なのですが、
母が死ぬ3日前、私は、なぜか、
大阪から香川に帰ってきて、
入院している母親を見舞いに行きました。

 

それまで、盆と正月の帰省時しか
実家に帰らなかったのですが、
突然、思い立ちました。

 

虫の知らせ、なのでしょうか。。。。。。

 

その時、母は元気で、
「仕事どう?」「彼女、出来た?」
なんて会話を交わしたのを覚えています。

 

そして、私は、大阪に帰り、その3日後、
母は、様態が急変して亡くなりました。

 

母の死に目には会えず、でした。

3日前に元気な姿に会えたのが
せめてもの救いでした。

 

そんな経緯があったので、私が借金をして、
大阪からバンに荷物を積んで帰ってきた時、

 

父に、

「お前は薄情な奴で、一生帰ってこないと思っていた。
今さら、どうして帰ってきたんだ??!!」

と罵倒されました。

 

言い換えすこともできず、かといって
経済的にも実家に戻るしかなかった私は、
ぐっと唇を噛みながら、耐えていました。

そこから、7年ぶりの
父親との生活が始まりました。

父は警察官でした。

朝が早い生活でした。

一方、私は、仕事がハードで有名な
株式会社リクルートに勤務で、残業残業で夜が遅く、
午前中はフレックス出勤。

かなり真逆な生活でした。

父親が寝た頃に、私が帰宅する・・・・。

物音で父は目が覚め、
そこから寝られず、不眠症になっていました。

 

「この歳になって、息子にこんな迷惑を
かけられるとは思っていなかった。
頼むから、早く出て行ってくれ!」

 

本当に言い返す言葉がありませんでした。

 

「もう孫がいる同僚もいるのに、、、
それなのにお前は、定職にもつかず、
借金を背負って、本当に情けない・・・。」

 

父に、「申し訳ない・・・。」と思いつつ、

「父親なんだから助けてくれよ。」と、
心の底では、まだ身勝手で
甘いことを言っている自分がいました。

 

この時が、今、振り返ってみると、
経済的にも、精神的にも、
「どん底」の時だったかもしれません。

 

ちょっと重く、暗い話になってしまいましたが、
これが真実です。

それで、今日は、動画ではこんなことを
話してみました。

めちゃくちゃ重要な話です。
↓↓↓↓↓
————————————————–
あなたはどちらのタイプですか?
・「追い詰められて力を発揮する人」
・「追い詰められて動けなくなってしまう人」
(2014年4月19日公開)

 
————————————————–

起業をする際に、
人は、この2つのタイプに分かれます。

 

実は、北野は・・・・・

「追い詰められて動けなくなってしまう人」

こちらのタイプでした・・・・。

是非、感想、意見等、コメントしてくださいね。

 

さて、、、、、、当時、私は、このように
「どん底」の状態でしたが、
「ある人との出会い」「ある言葉」「ある決断」で、
大きな変化が訪れました。

 

次回、詳しく話したいと思います。

 

北野哲正
(東京:麻布十番の自宅にて)

 

追伸:

「超“ゆるキャラ”」の塚本 桂さんと
対談を行っています。

北野がこれまで付き合ってきた起業家には
なかった“異色”の」タイプです・・・。

面白いよ~

==================
・塚本 桂 × 北野哲正 特別対談
==================
「超“ゆるキャラ”」と「気合い系ヒットメーカー」
が話す、「売れるキャラの作り方」とは?
⇒ http://con-labo.jp/taidan/kitano_tsuka/
※4月25日(金)まで公開中
==================

【起業“初期”】負のスパイラルに、、、、

 北野です、写真 (1)

今日はシンガポールの
「GOODWOODPARK HOTEL」で
この記事を書いています。

シンガポールと言えば、屋上のプールが有名な
「マリーナベイサンズ」が人気ですが、
「ラッフルズホテル」とか
「GOODWOODPARK HOTEL」
のような老舗ホテルが、私には落ち着きますね・・・。

 

さて、、、、、、、

今回、何のためにシンガポールに
来ているかと言うと、、、、

私が取締役を務める株式会社リアルネットでは、
3ヶ月に1度、役員3人で合宿を行うようにしています。

今回は、シンガポールのコンサル会社との
打ち合わせがメインですが、「役員会議合宿も
やっちゃおう!」ということなりました。

今年の前半の総括と、後半の事業計画、
そして、人事考課制度についてが議題になります。

代表の松本さんと、小島さん、私の3人で、
意外とまじめに、1日みっちりと会議します。

ここでまた新しいビジネスアイディアやモデルが
生まれたりするわけです・・・・。

 

さて、、、、、、、、

このところ、北野の起業“初期”ストーリーを
書いています。

前回は、

————————————————–
1度目の起業に失敗して、大阪から地元の香川県に
帰り、株式会社リクルートにアルバイト社員として
入社した・・・・
————————————————–

・・・・という話を書きました。

そこで、「コピーライター」という仕事に
出会いながらも、失敗した雑貨販売のビジネスに
まだ執着があり、「会社勤めと副業の2足のわらじ」
状態だった・・・そこまでを話したと思います。

詳しくはこちらをご覧ください。
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/702/

 

それで、、、、

失敗した雑貨販売ビジネスで残ってしまった在庫を
さばくために広告を使ったり、

週末は大阪へ行って売り先を探したり、
また、さらに別な売れ筋と聞いて
借金して在庫を増やしたり・・・・・。

クレジットカードを何枚も作って、
キャッシングで回す、徐々にそんな状態に
陥って行きました。

クレジットカードって
今はどうなのか知りませんが、

締め日と支払日の間が5日間あって、
その間を上手く利用すれば、
瞬間的に限度額の2倍を借りることができる、

・・・という“裏ワザ”を当時、発見しました。

 

1枚のクレジットカードで、
限度額の2倍の40万円を借り、
それで何枚ものクレジットカードを回していく・・・・。

そんな綱渡り状態でした。

リクルートの外注先のデザイナーさんに
無理を言って、お金を借りたこともあります。

銀行系のクレジットカードだけでなく、
「アコ●」とか「○○ファイナンス」といった
消費者金融系のカードにも手を出していました。

 

そんな状態になっても、

「俺はできる。俺はいける。
必ず、いつかは逆転して成功できる。」

 

成功哲学の本やテープを聴き、
セミナーに行きながら、そんなことを
思っていました。

今思えば、異常です。

金銭的にも麻痺していて、
借金することが日常的になっていました。

結局、株式会社リクルートにアルバイト社員として
勤め始めて1年がたった頃には、
借金は減るどころか、『800万円』にまで
膨らんでいました。

 

アルバイト社員で借金が800万円・・・。

ちなみに、この時の基本給は、12万円。

それに残業代がついて何とかギリギリ生活
していた状態でした。

将来に対する不安や恐怖が
重くのしかかっていました。

今思えば、人生で一番きつかった頃かもしれません。

年齢は27歳。
本当なら社会人になって、少し余裕もでり、
一番楽しい頃なのに、自分と言えば・・・・。

本当に、情けなかったです。

ですが、この後、
北野の人生を大きく変える出会いがありました。

次回、その出会いについて書いていきます。

今日の記事ですが、感想などあれば
是非是非、コメントを残してくださいね。
質問などでも結構です。

では、また、次回、続きをお届けします。

 

北野哲正

追伸1:

最近、公開したyoutubeの中でも
再生回数が多いオススメ動画をご紹介しますね。

==================
・4月15日(火)
==================
・ワコールを退社し、起業したものの・・・
借金、行動できない、やりたいことじゃないetc・・・
でも、そこから学んだこともあって・・・
(2014年4月15日公開:再生回数351回)
⇒ http://youtu.be/302_Au1zLmI
==================

==================
・4月10日(木)
==================
・起業“初期”ストーリーvol.1
“勇気”を与えるメルマガを書きたい!!!
なぜ、“起業初期ストーリー”を公開するのか???
(2014年4月10日公開:再生回数959回)
http://youtu.be/PGEM8F9608o
==================

==================
・3月3日(月)
==================
・恐るべき効果を生み出す
“メールチェックの3大ポイント”とは??
「メールチェックは1日2回」で、
時間と●●●●●を大幅に節約できる!!!
(2014年3月3日公開:再生回数1115回)
⇒ http://youtu.be/TGRBYvNDkak
==================

 

追伸2:

youtubeのマイチャンネルへの登録者様が
1670名を突破しました!!!

日々、ご登録頂く方が増えていて、
本当に嬉しく思います、ありがたい話です、、、、
ご登録頂いた方、感謝です!

youtube独自の情報も配信するので、
是非、北野のyoutubeマイチャンネルに
登録してみてくださいね。
⇒ http://www.youtube.com/user/parade01

チャンネル登録の仕方ですが、TOPの、
北野が写っているタイトルバナーの右下に
「チャンネル登録」のボタンがあるので、
そこをクリックしていただければOKです。
⇒ http://www.youtube.com/user/parade01

シンガポールでふと、思うこと。

北野です、0H2A1532

実は、今、シンガポールのチャンギ空港で
この記事を書いています。

株式会社リアルネットの役員3名
(松本・小島・北野)で、シンガポールのコンサル会社
とのミーティング、そして、定例の役員会議合宿
のためです。

火曜日の朝に到着して、金曜日の朝には
日本に帰る、というホテルでの宿泊は1泊の
弾丸ツアーですが、、、、、。

 

「今年後半の事業計画の再考&立案」が
目的なんですが、“シンガポールで役員会議”
なんて、数年前までの自分ではちょっと
想像できないことです。

 

さて、、、、、、

このところ、北野が起業した当初の、
起業“初期”ストーリーを書いています。

これまでのストーリーはこちらから
↓↓↓↓↓
第1回:【新企画】起業“初期”ストーリー、始まる。
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/688/

第2回:起業“初期”ストーリー:理由
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/691/

第3回:起業に失敗、実家へ逃げ帰り、、、、
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/694/

 

感想やコメントを頂けると嬉しいです。
その時のことを思い出すと、

今、

「時間は凄くかかったけど、何とか、
ビジネスが形になってきたな・・・。かなり理想に
近づいてきたな・・・。」

そんな風に思います。

 

「色々あったけど、続けてきてよかったな・・・。」   

 

そう思います。

 

とはいえ、起業当初は本当にひどい状態で、
何度も挫折しそうになりました。

というか、北野は、2度ほど、起業に失敗しています。

北野がワコールを辞めて、最初の起業を
したのが25歳の時。

そして、失敗し、実家に夜逃げ同然で戻り、
26歳の時、日給6500円で
「株式会社リクルート四国支社」に
アルバイト社員として入社しました。

前職の株式会社ワコールでは、
営業をやっていたので、
今回もてっきり営業部門に配属かと
思っていたら、

 

「北野さん、営業のつもりで採用しましたが、
急遽、制作部門に欠員が出たので、
そちらに回ってもらうことになりました。」

・・・ということで、新卒向けの求人広告や
『リクルートブック』を編集する制作部門に
配属されることになりました。

 

リクルートの求人媒体といえば、現在は、
『リクナビ』というインターネット媒体ですが、
当時は、紙ベースの分厚い就職情報誌というカタチで
学生に郵送して届けていました。

 

そのリクルートブックの制作・編集が
私の仕事となったわけです。

 

たまたま欠員が出て、制作部分に配属となった・・・・。

 

実は、この
「たまたま欠員が出て、
リクルートの制作部門に配属されたこと」が、
北野がコピーライターになる出発点に
なるのですから、人生、面白いです。

 

とはいえ、入社した時点では、
全く、コピーライターになろう
などとは思っておらず、、、、、、、、、

日給6500円のアルバイト社員
ということもあって、
単なる“一時の腰掛け”のつもりでした。

 

「起業に失敗した雑貨販売を立て直して、
何とか再起業してやる!」

当時、雑貨販売の在庫も、
まだ抱えたままなので、何とか売り切らねば・・・・
と思っていました。

 

結局、リクルートに勤めながら、
失敗した起業を捨てきれず、再起を狙って
「2足のわらじ」状態の生活を
送ることになりました。

 

この「2足のわらじ」状態が、
状況をさらに悪化させることになります・・・。

 

to be contiuned・・・・

 

北野哲正
(シンガポール:チャンギ空港にて)

追伸1:

今日の感想等あれば、
是非、コメントをくださいね。

 

追伸2:

最近、公開したyoutubeの中でも
再生回数が多いオススメ動画をご紹介しますね。

==================
・4月15日(火)
==================
・ワコールを退社し、起業したものの・・・
借金、行動できない、やりたいことじゃないetc・・・
でも、そこから学んだこともあって・・・
(2014年4月15日公開:再生回数140回)
⇒ http://youtu.be/302_Au1zLmI
==================

==================
・4月10日(木)
==================
・起業“初期”ストーリーvol.1
“勇気”を与えるメルマガを書きたい!!!
なぜ、“起業初期ストーリー”を公開するのか???
(2014年4月10日公開:再生回数765回)
http://youtu.be/PGEM8F9608o
==================

==================
・3月3日(月)
==================
・恐るべき効果を生み出す
“メールチェックの3大ポイント”とは??
「メールチェックは1日2回」で、
時間と●●●●●を大幅に節約できる!!!
(2014年3月3日公開:再生回数1081回)
⇒ http://youtu.be/TGRBYvNDkak
==================

 

下着メーカーの「ワコール」で、、、、

北野です、

このところ、北野の起業した当初の話、
「起業“初期”ストーリー」を書いています。

あなたの起業や独立の、
何かのヒントになればうれしいです。

これまでのストーリーはこちらから
↓↓↓↓↓
第1回:【新企画】起業“初期”ストーリー、始まる。
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/688/

第2回:起業“初期”ストーリー:理由
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/691/

第3回:起業に失敗、実家へ逃げ帰り、、、、
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/694/

感想やコメントを頂けると嬉しいです。

 

それで、、、、、

北野が最初に起業したのは、25歳の時。

新卒で入社した「株式会社ワコール」
(下着で有名あの会社です)を
早々に退社し(2年8ヶ月在籍)、雑貨販売を
始めました。

でも、完全に読みが甘く、とても、
「起業」と呼べるようなレベルでは
ありませんでした。

 

そして、起業してから、1年が経ち、、、、、

本当に資金が底をつき始めた頃、
大学時代のサークル仲間の親友から、
結婚式の案内がきました。

その当時、私は大阪に住んでいて、
その親友は証券会社に勤めていて、
仙台に赴任していました。

 

その時、思ったのが、

「こんな時に、結婚式の案内なんて
送ってくるなよ・・・。」

・・・でした。

 

大阪から仙台までの旅費、そして、ご祝儀・・・・。
いったい、いくら掛かるのか・・・。

そして、自分の今のこの状態で、一流会社に
勤めている同期の連中に顔を合わすのは、
苦痛意外の何ものでもない、、、、。

(※北野は慶応大学卒。時代はバブル期。
同期は「住友銀行」「伊藤忠商事」
「キリンビール」「野村證券」「東芝」etc・・・
超一流企業ばかりでした)

 

「お金がない。」というのは、
本当に心をすさませる、そんな風に思います。

結局、大阪から深夜バスで東京まで行き、
そこからさらに乗り継ぎ、仙台へ行きました。

ご祝儀は、本当に恥ずかしい話しなのですが、
「5,000円」しか包めませんでした。

その親友とは、今はもう、
顔を合わすことはないのですが、
今、会っても、まともに顔を
見れないかもしれません。

 

動画でも、この時期の話を少ししてみました。

この時期の話をすると今でもかなり
息苦しくなる・・・・そんな感覚に襲われます。

==================
・ワコールを退社し、起業したものの・・・
借金、行動できない、やりたいことじゃないetc・・・
でも、そこから学んだこともあって・・・
(2014年4月15日公開)


==================

 

そんな状態で、どうにも生活が回らなくなり、
借金も膨らみ、

「一旦、実家に戻るしかない・・・・・。」

となりました。

 

レンタカーを借りて、荷物を詰め込み、
フェリーに乗って、大阪から実家の香川に帰りました。

 

北野が26歳の時の、12月26日のことです。

 

明け方に実家について、そのまま、
再就職の面接に行ったのを覚えています。

 

面接はこんな感じでした。

「弊社は日給6,300円ですが、北野さんは、
学歴も凄いし、以前の会社の経験もあるので
日給6,500円でいけると思います。」

200円増しかよ・・・・。

「俺は、いい大学を出ているし、チカラもある。
本当はこんな日給で働く人間じゃないんだ。
他の契約社員と一緒にするな。
とりあえず、日銭を稼いで立て直して、
もう一度、大阪、東京に出て成功してやる!」

・・・・・・と、
言いたい気持ちをぐっとこらえて、
「ありがとうございます!!!」
とやる気を見せました。

 

そして、その会社で、とりあえず、
「腰掛け」のつもりで働くことになりました。

それが、「株式会社リクルート」
という会社でした。

次回へ続く・・・

 

北野哲正

 

追伸1:

私も時々、投資や海外口座の件で
アドバイスをもらっている
ファイナンシャルプランナーの
「青柳仁子さん」という方がいます。

彼女が主催する「愛」と「お金」の
両立をテーマにした、女性向け無料ウェブセミナーが
あります。
⇒ http://bluestone-ac.com/item/5719/3985/

彼女が運営する投資スクールは、基礎が学べて、
しかも低価格。かなり手堅い投資法で、
計画的に1億円の資産を築く方法を
教えてくれます。

要チェックです。
⇒ http://bluestone-ac.com/item/5719/3985/

 

追伸2:

最近、公開したyoutubeの中でも
再生回数が多いオススメ動画をご紹介しますね。

==================
・4月10日(木)
==================
・起業“初期”ストーリーvol.1
“勇気”を与えるメルマガを書きたい!!!
なぜ、“起業初期ストーリー”を公開するのか???
(2014年4月10日公開:再生回数670回)
http://youtu.be/PGEM8F9608o
==================

==================
・3月3日(月)
==================
・恐るべき効果を生み出す
“メールチェックの3大ポイント”とは??
「メールチェックは1日2回」で、
時間と●●●●●を大幅に節約できる!!!
(2014年3月3日公開:再生回数1068回)
⇒ http://youtu.be/TGRBYvNDkak
==================

==================
・2月24日(月)
==================
・北野哲正の1日の行動パターンを公開!
驚異のワンパターン、午前中が勝負!
(2014年2月24日公開:再生回数1514回)
⇒ http://youtu.be/HWdzF_fTTwY
==================

アンソニーの会場でいきなり、

北野です、0H2A0418

この週末は、幕張メッセでの
「セミナーズフェスタ2014」に参加してきました。

そうです、世界No.1と言われる
「アンソニー・ロビンズ初来日」のセミナーですね。

 

北野は、何かを学びに・・・というよりも、
“お祭り”気分で参加してきました。

我々の業界では、「ビートルズ初来日!」
みたいなものなので、
「やっぱりこれは行っておかなくちゃ!!!」
・・・という感覚です。

 

個人的には、アンソニーはもちろん別格ですが、
北野は、初日に講演されたネクシィーズの
近藤太香巳さんの講演が印象に残っています・・・。

 

 

それで、、、、、嬉しかったのは、
会場で、かなり沢山の方から、

「北野さんですよね???メルマガ、読んでます!」

とか

「マーケティングコーチの動画、見ました!」

とか

「色々な動画に出ている人ですよね・・・・」

とか

「ずーっとビデオを見ているので、初めて会った
という気がしません・・・。」

・・・と言った風に、声を掛けてもらったことです。

 

動画の威力って凄いですよね・・・・。

 

また、以前の「コンサルタントプレナー起業フォーラム」
とか「7つの起業・副業法(MBF)」に参加された方から、

「北野さんのお陰で独立できました!!!」

とか

「あれから売上げが凄く伸びました!お礼が言いたくて・・・」

・・・・という風に、成果を伝えてくれる人もいました。

 

いやー、これも本当に嬉しかったです。

こうした声を聞けただけでも、参加した甲斐が
あったと思いましたね~。

 

それで、、、、、、

このところ、北野の起業“初期”ストーリーを
丁度、このメルマガで書いているのですが、

「当時は大変だったけど、続けてきてよかったな・・・」

とつくづく思います。

 

また、起業当初の自分に、

「今はめちゃくちゃ大変で、かなり悲惨だけど、
いずれ、沢山の人の起業を成功させて、
感謝される存在になれるよ。」

・・・・という風にアドバイスしたい、
そんな気持ちになりましたね・・・。

 

それぐらい、北野の起業“初期”は、
相当、悲惨な状態でしたから・・・・。

その様子は、こちらのブログを読んでみて
ください。是非是非、コメントや感想もお待ちしています。

第1回:【新企画】起業“初期”ストーリー、始まる。
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/691/

第2回:起業“初期”ストーリー:理由
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/688/

第3回:起業に失敗、実家へ逃げ帰り、、、、
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/694/

 

 

さて、、、、、

 

今日から新しい一週間です。

「セミナーズフェスト2014」に参加して
「アンソニー・ロビンズ」を体験された方は、
相当に、エネルギーが上がっていると思います。

ただ、、、、

 

大切なのは「今日」です。

 

————————————————–
今日、何をするか?
————————————————–

 

 

これが最重要です、、、、、。

 

北野は、早速、今朝から、
「決断したこと」を実行してきました。

いやー、いい一週間になりそうです。

あなたも最高に充実した一週間にして
くださいね。

 

では、また。

 

北野哲正
(東京:麻布十番の自宅マンションより)

 

追伸:

この三日間のセミナーもそうなのですが、

「セミナーの最中は盛り上がっても、
自宅や職場に戻り、“現実”に引き戻されると、
行動が出来ない」

そんな人が本当に多いと思います。

 

そこには、何らかのメンタルブロックが働いて
いるわけなんですよね・・・。

特に・・・・「セールス」に対する
メンタルブロックを持っている人は
本当に多いと思います。

「売上げが上がらない・・・集客できない・・・」

その原因のかなりの部分が、
「セールスにおけるメンタルブロック」なんです。

そんな「セールスメンタルブロック」を90分間の
無料ウェブセミナーの中で取っ払ってくれる人が
います。

こちらです↓↓↓↓↓
=========================
セールスに対するメンタルブロック解消WEBセミナー
4月16日(水)21時から約90分【参加費は無料!】:
⇒ http://nakama-ouen.com/item/49/3988/
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かなり評判のいい、無料ウェブセミナーなので
是非、観ておくことをお薦めします。

私が信頼している2人がお届けしますので、
内容は間違いないです!お薦めです。
⇒ http://nakama-ouen.com/item/49/3988/

第3回:起業に失敗、実家へ逃げ帰り、、、、、

北野です、0H2A0288

かなり話題になっていますが、
北野も、「アンソニー・ロビンズ」のセミナーに
参加しています。

今日が最終日。
会場で見かけたら、声をかけてください。

知り合いがいっぱい来ていて楽しいですね・・・。

 

さて、まずはお知らせです。

北野と共に、
『一般社団法人日本マーケティングコーチ協会』を
主宰するビジネスパートナー、
『井口 晃さん』が、

資産5000億、ヴァージングループの総師である
リチャード・ブランソンから直接学んだ
「成功の秘訣」を公開しています。
http://123direct.info/tracking/af/387059/a5xr1Pg3/

これはカリブ海のネッカー島で行われた、
リチャード・ブランソンのプライベートレッスンで
井口さんが得た、特別な情報です。

もうすぐ締め切られるので、是非、
チェックしておいてくださいね。お薦めです。
http://123direct.info/tracking/af/387059/a5xr1Pg3/

 

 

さて、、、、、、

数日前から、北野の起業“初期”ストーリーを
書いています。

今日が3話目になりますが、前2話は、こちらを
ご覧ください。

第1回:【新企画】起業“初期”ストーリー、始まる。
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/691/

第2回:起業“初期”ストーリー:理由
⇒ http://con-labo.jp/2014/04/688/

是非、感想やコメントを残してくださいね。

 

北野が、最初の起業を試みたのは、
大学を卒業し、就職して2年半の頃です。

起業した・・・・と言えば聞こえはいいですが、
「単に、会社を辞めてしまった。」
というのが本当のところです。

 

元々、独立志向、起業指向はあったのですが、
「これだ!」というやりたいことがあったわけでも、
信念や使命感があったわけではなく、

「起業=自由な生活」
というイメージがあって、
起業して稼げれば、贅沢ができるかな、
とか、女の子にモテるかな、とか、
そんなレベルだったと思います。
(※でも、起業初期の頃は、そんな理由でいいと
思います。)

 

大学を卒業して入った会社は
大手下着メーカーでした。

ずばり言えば、「株式会社ワコール」です。

とはいえ、実は、下着部門ではなく、
最初からアウターウェア(洋服)部門を狙っていました。

学生時代からファッションが好きで
(学生時代は、いわゆる、「DCブランド」ブームで
「丸井」のカードの相当な御世話になっていました)、

漠然と、「アパレルで一山、当てたい!!!」
配属されました。

 

それで、、、、そうは言っても現実は厳しく。。。。

北野は営業部門だったのですが、
営業のノルマもかなり厳しくて、毎月月末になると
お客さん(ショップのオーナーです)に電話して、
売れもしない商品を売りつけたり、
トラックバンに商品を積んで売りに行ったり・・・

ノルマを達成するまで会社に泊まり込み、
そんな生活でした。

 

「仕事がきつい。会社を辞めたい。
このままでは起業できない。」

 

そんな風に悶悶としていた時、
お客さんの一人であるショップのオーナーから

「北野さん、面白い雑貨があるんだけど、
これ売ってみない?儲かるよ。」

・・・・と声をかけられました。

 

同じ頃、知り合いからネットワークビジネスも誘われ、

「雑貨を売ったり、ネットワークビジネスなどを
やっていけば、何とか収入は確保できるだろう。
雑貨が当たれば、成功者になれるかも・・・。」

 

そんな驚くほど安易な気持ちで、
2ヶ月後には、会社に辞表を提出していました。

今思えば、単に、目の前の営業のキツさから
逃げたかっただけかもしれません。

 

結果、雑貨は全く売れずに在庫を抱え、
ネットワークビジネスも登録しただけで
全く活動は行わず、無収入の状態が続いていました。

退職金は雑貨の仕入れに使ってしまい、
失業保険も切れ、遂には、アルバイトを始めました。
(※簡単な事務作業のバイトでした)

 

大した活動もせず、
成功哲学の本にはまりっていた時期もあり、
この頃は、マーフィー物をよく読んでいました。

「潜在意識に働きかけて、寝る前に唱えていれば、
いつか、俺も成功できる・・・。」

そんな風に、本気で思っていました。

でも、行動を起こすわけではなく、
ついには、何枚もの
クレジットカードでキャッシングを
するような状態になり、借金が膨らんでいく、
そんな状態に陥っていました。

 

「一旦、実家に戻るしかない・・・・・。」

会社を辞めて、1年と2ヶ月目のことでした。

北野哲正